社長のブログ
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栃木市立大平西小学校 運動会
2024-05-15
大平西小学校の運動家。
快晴の青空で運動会日和だ。
6年生が奏でるお囃子も健在だった。
おそろいのブルーの法被を着て、演奏も力強い。
お囃子の指導者の野原さんも応援に駆け付けてくれた。
何年もずっとほんとうにご苦労様です。
林虎彦(レオン自動機創業者) お別れの会
2024-01-27
今から2か月も前のことだけれど、弊社のお客様、レオン自動機(株)の創業者、林虎彦氏のお別れの会に招待された。
場所は、皇居の目の前のパレスホテル東京。
何度も勲章を受けた林氏を皇居の前から送り出すという、社員たちの愛情による演出だろうか。
氏もきっと天国で喜んでくれていることだろう。
林氏の生き方は伝記的でかっこよく、氏に関係する著書はほぼ読んできたけれど、ここでは林氏に長い間連れ添った奥様、和子様の小説「すっぴん」から心に残った一文を記し哀悼の意を示します。
直接お話しすることは叶いませんでしたが、心から感謝いたします。ありがとうございました。
「和菓子屋というのは、人々の心に潤いと安らぎを与える誇り高い場所であると信じています。大げさでしょうか。たとえ小さくとも、和菓子屋は町のオアシスであってほしい。私はそう思うんです」
和菓子職人を重労働から解放するために生涯をかけた林氏らしい言葉である。
111忌
2024-01-11
近龍寺にて
栃木市名誉市民 山本有三の50回目の命日 111忌に参列。
50回という節目のせいか、東京三鷹市にある「山本有三記念館」の人も大勢訪れ、80人もの参列者となった。
3人の小学生が作文を読み、鉄棒の練習に前向きに取り組む、天文学者を目指して勉強する、親のダンススタジオを継ぐため毎日のレッスンを頑張る、と言ってそれぞれが「たった一度しかない一生」に思いを馳せていた。
※確かに山本有三の「たった一度・・」の言葉は有名だけれど、小生は「心に太陽をもて」の方が好きである。
ここにちょっと引用してみる。
心に太陽をもて
心に太陽をもて。
あらしがふこうと、ふぶきがこようと、
天には黒くも、地には争いが絶えなかろうと、
いつも、心に太陽をもて。
くちびるに歌をもて、
軽く、ほがらかに。
自分のつとめ、自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと。
いつも、くちびるに歌をもて。
苦しんでいる人、なやんでいる人には、
こう、はげましてやろう。
「勇気を失うな。くちびるに歌をもて。
心に太陽をもて」
二十歳の集い
2024-01-07
栃木市大平町「二十歳の集い」式典に参加。
今年からは、コロナ前と同じように、大平中学校と大平南中学校の合同式典で保護者たちも入場できる。
親たちにとってはとても嬉しい日だから、目の前で晴れ姿を見られて本当によかった。
おめでとうございます。
そしてこれまでの子育てご苦労さまでした。
小生は、この「二十歳」という言葉を聞くと、亡き河島英五さんの「野風増」という曲を思い出す。
「お前が二十歳になったら~」ではじまる名曲だ。
目の前の君たち、ぜひこの曲を聴いて、お父さんと一杯やってみて。
きっとすごく喜ぶよ。
懐かしい年賀状 4
2024-01-05
このコラムは、時代錯誤も甚だしく今では受け入れてもらえないかもしれないが、15年以上前に発行済であるし、「昭和の男」の戯言と思って読み流してもらえればと思う。
毎日、外で働く2人の娘たちには、「なにこれ」と、きつーい一発をみまわれそうだ。
ちなみにここに載せた年賀状は、すべて妻の制作によるものであり、小生の制作によるものは1枚もありません。
「母の役割」
先日、ある人の妻が子どもたちに話していた言葉に感激した。
「うちは、お父さんが働かなかったら1円のお金だってないんだよ。お父さんが外で働いているからこそ食べていけるんだよ」
もし夫が聞いていたら、きっと彼女のことを誇らしく思うことだろう。
自営業でもないかぎり、子どもたちは母からの言葉によってしか父の仕事ぶりを知ることは難しい。穿った見方をすれば、父親はどんなに家族のために働こうが、その働く姿や想いは妻の言葉によってしか子に伝わりにくいとうことだ。父と子をつなぐ母の役割は大きい。
私は、家族というものはそれぞれが大切な役割をもっていると思う。総父母も、父母も、子どもたちでさえ。なかでも母の役割は、その要だ。
夫を支え、家族の安心安全を守ること。子を育て、労わり、慰め、応援すること。
母の役割とは、その家族にとってもっとも温かく、かけがえのないものであり、子どもたちにとってのそれは「優情の記憶」となり、次の世代へと継がれてゆく。




